2012年05月18日

県議選挙勝利総決起集会



 県民のくらし、福祉をたてて直し、雇用を確保。普天間基地の県内移設許さず、消費税増税ストップの審判を示しましょう。
 選挙は大激戦のまま告示日を迎えようとしています。
 今度こそ、県民の願い実現の先頭に立つまえさと保さんの勝利を勝ち取りましょう。
 左記の日程で、告示前最後の決起集会を開催します。
 みなさんのご参加をお願いします。
 


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Posted by 日本共産党・まえさと保 at 09:49Comments(0)TrackBack(0)

2012年05月15日

復帰40年の日に

 今日は、沖縄が祖国復帰してから40年目にあたる。沖縄県主催の記念式典が行われる。マスコミも特集を組んで報道している。復帰は、自然にやって来たのではない。瀬長亀次郎さんなどをはじめとした、多くのみなさんの粘り強い運動があって、初めて勝ち得たものだ。自民党などは、「復帰すると戦前の芋と裸足の生活になる」と復帰運動を妨害した。教師をしていた父と母は毎日のように、集会・デモに参加していた。学校でも特設事業で、沖縄の現状などについて学習をしてきた。
 私が高校1年の時に、復帰を迎えた。「基地もなくなる」すべてが「本土並み」になると多くの人が考えたが、現状、その後変わっていない。
 これまで、事件や事故で多くのいのちが失われ、たくさんの方々が傷つけられた。そのたびに多くの人たちが涙し、怒りの拳を挙げてきた。米軍関係の犯罪は復帰後だけで5747件。米軍機事故は522件。うち墜落は43件、米軍演習による原野火災は528件発生し、焼失面積は東京ドーム778個分となります。
 外国の軍隊が、いつまでもこの島に居座ること自体が余りにも異常なこと。米軍基地の存在は、県民のいのちと安全を恒に脅かし、世界の戦争の火種になっている。



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Posted by 日本共産党・まえさと保 at 13:17Comments(0)TrackBack(0)

2012年05月14日

オスプレイ配備抗議集会


 オスプレイの配備に抗議する県民集会が普天間基地第一ゲート前で開催された。日本共産党は、赤嶺政賢衆院議員と6名の県議とまえさと保県議候補が参加した。
 米政府と日本政府は、新たな負担と危険を沖縄に持ち込もうとしている。県議選挙で勝利し断固とした回答を。
  

Posted by 日本共産党・まえさと保 at 12:59Comments(0)TrackBack(0)

2012年05月12日

オスプレイの沖縄への配備は許さない-申し入れ


 最近、忙しくなってブログの更新ができなかった。反省。

 オスプレイを7月中にアメリカ本国から那覇軍港に船で輸送し、那覇軍港内で機体を組み立てる計画を検討していることがマスコミでも一斉に報道された。
 オスプレイは、開発段階での事故が相次ぎ、多数のパイロットが死亡している。今年の4月にもモロッコで訓練中に墜落して米兵2名が死亡する事故が起きたばかりだ。 
 組み立てるということは、那覇軍港空域で試験飛行を行うということであり、那覇空港や那覇市、豊見城市などの上空も通過することになり、県民が危険にさらされることになる。
 そもそも、MV22オスプレイの配備は許されない。1日も早く普天間基地の閉鎖撤去が必要だ。
 日本共産党は、11日、沖縄県として配備に反対するように申し入れを行った。
  

Posted by 日本共産党・まえさと保 at 16:54Comments(0)TrackBack(0)

2012年05月03日

65回目の憲法記念日

 今日は、65回目の憲法記念日だ。日本共産党は、身をもって憲法の大事さを体現した政党だ。「主権在民」「侵略戦争反対」「8時間労働」と体を張って反対貫いて頑張り抜いた政党は日本共産党だ。すべての政党が大政翼賛化する中で、ただ1人日本共産党が頑張り抜いた。
 憲法9条があるからこそ、戦後67年、戦争に巻き込まれなかった。
 しかし、沖縄が日本に復帰してもなお40年米軍の専用施設の74%がこの沖縄に集中する。沖縄が世界戦争の拠点にされ、自衛隊の配備の強化が進み、島嶼防衛の名の下に、先島への配備が行われようとしている。
 憲法9条と相反する事態も生まれている。
 堂々と憲法を語ることができる政党は日本共産党。今憲法25条の生存権が脅かされている。くらしや福祉が壊され、人間の尊厳が奪われている。
 今こそ憲法をくらしと地方政治に生かしていくことが求められている。今日は、終日街頭宣伝を行った。



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Posted by 日本共産党・まえさと保 at 20:46Comments(0)TrackBack(0)

2012年05月02日

梅雨とゴーヤ


 沖縄は梅雨真っ最中、今日も朝から時折、集中豪雨だ。那覇市の消防車が、「大雨洪水警報が発令された」と警戒を喚起していた。
 庭には、ゴーヤが空をめざして元気に伸びている。
  

Posted by 日本共産党・まえさと保 at 14:19Comments(0)TrackBack(0)

2012年05月01日

労働者の祭典メーデーに参加


 今日は、メーデー、労働者の団結の祭典。1886年5月1日、アメリカで、8時間労働制を要求して行ったストライキ。当時の労働者は、低賃金で1日12時間以上働かされるなど、過酷な生活を強いられた。これらの改善を求めて労働者が立ち上がった。3年後にパリで開かれた第2インターナショナル創立大会では、8時間労働制実現のデモを行うことが決議され、5月1日を労働運動の日に設定したのが始まりで、これ以降、メーデーは国際社会に広がった。

 復帰前の米軍統治下の沖縄でもメーデーは開催されていた。当時の人民党那覇支部主催で1951年に恩納村万座毛に300人が集まったのが沖縄で初のメーデーであった。1952年には「即時本土復帰」「サンフランシスコ講和条約第3条撤廃」などを掲げた本格的なメーデーとなり、これをもって第1回沖縄メーデーとなったという。

 今日は、梅雨に入った沖縄も晴れて、メーデー日和。全港湾の第20回メーデーと県労連などが主催する第83回メーデーに参加した。労働者の団結の力は大きい。
  

Posted by 日本共産党・まえさと保 at 20:34Comments(0)TrackBack(0)

2012年04月30日

豊見城のハーリー由来まつり


 豊見城城址公園には、ハーリー発祥の地の碑がたっている。中国からの大きな影響をうけてハーリー行事は始まったとされています。発祥にまつわる伝説が豊見城にある。
琉球王府の正史『球陽』によれば、第2南山王・汪応祖(ワンオウソ)が、1400年頃に留学先の中国でみてきたハーリー行事に感銘を受け、帰国後に豊見城グスクを築き、また龍船を造船して那覇江中(現在の慢湖)に浮かべたとあり、さらにはグスク内での神事の様子まで具体的に記述されています。
その豊見城城趾で、廃藩置県以後途絶えていた伝統を10年前に甦らせ、『ハーリー由来まつり』が復興。

その祭祀の大事な部分である神事についてもその記述通りに復興し、字豊見城、嘉数、根差部、真玉橋から神人が一堂に会します。
新暦5月3日から5日まで開催されている那覇ハーリー。その前に、ハーリー由来の地にて復興された『ハーリー由来まつり』に豊見城登り(ぬぶい)し、その中で安全祈願を行っています。
 ことしは、途中からあいにくのの大雨となりましたが、踊りをやめることなく最後まで踊りきった。「安里やユンタ」へやんやの喝采。
 豊見城城趾から見下ろす、風景は絶景だ。時の権力者は、ここから何を考えていたのか。興味深い。


  

Posted by 日本共産党・まえさと保 at 09:43Comments(0)TrackBack(0)